世界の「平和」と日本の「平穏」は本質的に異なっている。

尖閣諸島近海で緊張が高まってきた日中情勢を背景とし、株式会社インターテクストでは2015年に日本人の平和観に関する意識調査を企画し、実査及び分析を行った。本稿はその意識調査をもとに執筆された。本稿を書くに当たり筆者はガルトゥングの平和学、20世紀の地政学、戦争論など多くの文献に当たった。その中で、日本人の平和観の特異性を改めて知る。

日本人の「平和」認識はほぼ「平穏」と同義であり、何事もないことを平和と見なす。しかしこれは国際的な共通見解とは程遠い。ガルトゥングの平和研究では、空間的時間的に規定された一定の領域における秩序の構築によって戦争などの暴力が排除されている状態こそが平和である。更に言えばパレスチナでの人権蹂躙、貧困と無知を背景とした西アフリカでのエボラ禍などは構造的暴力として、これを排除し秩序を回復することが平和と捉えられる。

アマルティア・センはこれらの議論のうえに人間の安全保障という概念を組み上げた。空間を地球規模に時間をほぼ永遠に拡張したのだ。これが世界の知性が考える平和である。

翻ってわが同胞は眼前にある平穏がそのまま続くことのみを祈る。果たしてそれが本当に平和を導くのか。私たちは良く考える必要がある。忘れてならないのは人間の大多数は平和を希求しているということである。世界の人々と同じ言語と手法を以って、日本人の考える平和を追求していくことが必要である。

平和憲法と呼ばれる最高法規を持つにも拘らず、わが国のノーベル平和賞受賞者はただ一人だけである。その背景には世界と異なるこうした平和観が横たわっているような気がしてならない。

考えるべきことは多い。