Landscape of Marketing Strategy マーケティングを俯瞰するための15のキーワード

マーケティングを俯瞰する視点

 私が「マーケティング」という概念と出会ったのは1989年。株式会社博報堂のマーケティング局に配属されたときでした。それまではほぼ何の知識もなかった。そもそも音楽や文学が好きだった私は、出版や放送に隣接した領域に就職すれば自分が大好きな音楽や文学の近くで仕事ができるのではないか、という幻想に囚われていたに過ぎませんでした。まさか55歳を迎える今、こうした「マーケティング」の専門家になっているとは、その時は想像もしませんでした。そんな私自身の歴史語りはまた次回に譲るとして、「マーケティング」をいくつかの要素あるいはキーワードに分解して、その全体像を俯瞰してみるとすればこんな風景になるよ、というお話をしてみたいと思います。

 「マーケティング」はある種の科学なので、体系があります。私は博報堂で11年、独立後に20年と通算して30年以上この「マーケティング」の実務に携わってきました。その中でやはり知っておかなければならない骨格とも言えるキーワード、あるいは概念があります。本当はもう少し加筆する必要を感じているのですが、以下にそのVersion1.0を掲げます。あなたが広告主であれ、広告代理店のスタッフ(マーケティングプランニングに関わるかどうかは不問です)であれ、これらの概念は知っている必要がありますし、その概念がマーケティングプランニングにどのように影響するかを理解しておく必要があります。

 また別の機会に書こうとは思いますが、「マーケティング」も大きく変わろうとしています。その最大の要因はメディア環境の変化です。かつてのメディアは情報を持つものから持たざる者へ情報を流す役割を果たしていました。このことが「情報を持つものがマーケティングをしていた」状況を許していたのです。しかし、現在このような情報の偏在は限りなく無くなっています。かつて「情報を持たざる者」とされていた消費者あるいは生活者は現在は相応の情報で武装しています。これが「フラット化された社会」というわけです。フラット化された社会では、「マーケティングする者」と「マーケティングされる者」はかつてのように明確ではありません。

 商品やサービスのプロバイダーはそれでも相互にそれぞれの商品やサービスを「マーケティング」していくことになります。私が掲げるいくつかのキーワードはそうした次元での「マーケティング」において、今も有効です。この稿は「マーケティング」を構成する非常に重要なキーワードをレビューすることで「マーケティング」を俯瞰する視点を提供することを目的とします。このbeyondtextでは今後、「マーケティング」を構成するいくつかの要素について個別に解説を加えていこうと思います。その際、この稿は非常に粒度は荒いのですが、有用な地図になってくれるのではないかと期待しています。

Landscape of Marketing Strategy

 私が皆さんと共有したい地図は次のようなものです。

 ここには15のキーワードが記してあります。大まかな解説を加えていきましょう。マーケティングは「左右」あるいは「上下」でもいいのですが、2つの次元から成り立っています。すなわちサプライサイドのマーケティングとディマンドサイドもしくはカスタマーサイドのマーケティングです。呼び名はなんでも構いませんが、2つのブロックから成り立っているのだ、という理解が重要です。この図表の場合、左側がサプライサイドのマーケティングを司るフレーム、いわゆる「4つのP」です。

 逆に右側にあるのはT/C/Pのフレームです。こちらはカスタマーサイドのマーケティング戦略を規定する重要な要素です。ここで最重要なのはターゲットです。そのようなターゲット層に向けて商品やサービスを企画するのか、それによってマーケティング戦略は大きく変わります。この領域の適正化に長年に亘って貢献してきたのが、日本における広告代理店の最大の価値なのです。なぜ広告代理店は価値を提供しえたか。それは「4つのP」ではマーケティング戦略の最適化が難しいから、と言えます。

 「4つのP」はマーケティング戦略を構成する最重要な要素であることは間違いありません。しかしサプライヤーにとってこの「4つのP」の規定は必ずしも戦略的ではない可能性が高いのです。つまりこんな具合です。

 「こんな技術や材料があるからこの製品が生まれた」
 「とっても原価が高いのでこの値段で売らざるを得ない」
 「この流通でしか売れないのだ」
 「プロモーションにかける予算はごく少ない」

 笑えませんよね。でもこうしたことが極めて多いのもまた事実です。上記のような「4つのP」が戦略的に決定されたものでないことは自明です。つまり往々にしてサプライヤー(エージェンシーにとってはクライアント)の決めるマーケティング戦略は合理性を欠いているわけです。

 これを修正あるいは是正する視点を与えてきたのが、カスタマーサイドのマーケティング戦略であり、その基本的な概念はTarget/Concept/Positioningの3つです。そしてここに立脚してプランニングを進めてきたのがエージェンシーというわけです。最重要概念は「ターゲット」です。主にエージェンシーはこのターゲットを深く理解し洞察することから、クライアントが構築した不十分な「4つのP」を修正あるいは補完する視点を提案してきたのです。

商品価値の定義とバリュープロポジション

 「4つのP」はいずれも重要ですが、「Product」の価値規定は最重要と思います。昨今は価値とは果たして「Product」に内在されるものばかりではないのではないか、という指摘があり、これは極めて重要な指摘ではありますが、まずは商品に内在する価値を規定するという態度が間違っているとも思えないので、従来型の価値規定についてまずは言及したいと思います。

 私が駆け出しのマーケティングプランナーからやや脱却し始めた頃、コカ・コーラというクライアントとお仕事をご一緒しました。消費財メーカーとして世界最大であり、極めて洗練されたマーケティング戦略のフレームを持つ企業のひとつと言っていいでしょう。彼らの商品価値規定は上記のような「機能的価値」+「情緒的価値」を極めるというとてもシンプルなものでした。彼らのワーディングでは「機能的価値」は「Intrinsics」であり、「情緒的価値」は「Extrinsics」となります。これらを克明に記述するとともに、その際、その提供価値が「Only One」であるかに拘り抜くのがコカ・コーラWayであったことを記憶しています。

 Point of Differenceは「差別的優位性」を指す概念です。私はこの概念をGF(General Foods)のマーケティングから学びました。価値が製品に内在することを疑わない時代の概念とは言え、これが重要であることは論を待たないと思います。ただし重要なのは「差別的優位性」は顧客に理解されて初めて価値になるということです。この場合の価値はValue(価値)よりはむしろBenefit(便益)という言葉が適切かもしれません。これもよくあることですが、サプライヤーはいつも製品の品質や機能を改善しているため、こうした品質や機能の改善がPoint of Differenceになると盲信しやすいということです。当たり前のことですが、品質や機能の改善が顧客の価値に転じて初めてFunctional Benefitが成立することは覚えておく必要があります。

 Frame of Referenceは少し難しい概念ですが、マーケティング戦略上は極めて重要で、うまく活用した場合の破壊力は凄まじいものがあります。私もこの概念の恩恵には多々浴してきました。とっても重要なので別の稿で書いてみたいと思います。(お楽しみに)

 最後にValue Propositionについて触れておきましょう。「機能的価値」「情緒的価値」に加えて「自己表現的価値」辺りまでをスコープに入れたうえで商品価値を定義し、幸福なことにそれが提供できる商品が恒常的に生産できた場合、その商品をどのように市場に「提案」するのか、というのがバリュープロポジションの戦略性です。私はバリュープロポジションには上記のように7つのテンプレートがあると考えています。いまや自動車ユーザーは少数派かも知れませんし、EV時代を迎えて私自身もやや古さも感じますが、自動車メーカーブランドを例にとって説明したのが上記のスライドです。

 最強のバリュープロポジションは①の「特質」であり、他に代えがたい特質を持っていることがマーケティング戦略上最強であることは明らかですが、その他のバリュープロポジションも相応に有効です。個人的には④の顧客をセグメントした提案が好みです。⑥のカテゴリーという選択肢は、次の稿に譲るとしたFrame of Reference(認識のフレーム)の戦略構築ともかなり被ってきます。これも実に有効な価値提案の方法だと思います。

 駆け足ではありますが「マーケティング」の全体像を語るうえで避けて通れない重要な概念について紹介しました。これらの概念を知ったうえで、その最善の規定を見出すこと。それがマーケティング戦略の成功に向けて不可欠であると改めてここに記しておきたいと思います。もちろん、立案と実行の間にもまだまだ大きな壁はあるのですが。正しい立案のためには、正しい地図を持つことが極めて重要なのです。

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