利便性がすべてに優先する社会はディストピアではないのだろうか。

中国のスマートペイメント事情

 昨年、中国のコンサルタントたちととある金融系のプロジェクトをご一緒した。クレジットカードの最前線、いわゆるスマートペイメントという領域のプロジェクトである。日本ではいまだにクレジットカードを嫌い、現金での決済を好む人々が多く存在している。現金すなわち貨幣を信任することは、政府を信用することである。その意味で日本には「お上」を無垢に信じている人が多いと言うことができるだろう。実は現金が存在することにはデメリットもある。その最たるものは偽造紙幣だが、それ以外にも現金があることでマネーロンダリングが可能になるし、現金を扱うためのATMやレジなどの保守管理費用は莫大な規模に上る。こうした背景から世界は現金からスマートペイメントへと大きくシフトしているのである。

 スマートペイメントとは文字通りスマートフォンなどを介した電子的な決済を示す言葉である。個人の「信用」を計量し可視化する、というクレジットカードのアイデアに端を発するが、それが現在ではスマートフォンのアプリケーションとして提供されるため、クレジットカードの実体すら不要になりつつあるわけである。
前述のプロジェクトでご一緒した中国の経営コンサルタントたちは東京を訪れて、人々の財布が大きいことに吃驚していた。現金信仰が根強くまたポイントカードなどが極めてたくさんあるのが災いしてか、日本人は財布の中にとにかくモノが多いのである。翻って、現在の中国の人々。彼らは基本的に財布を持たない。なぜならばほぼすべての商品やサービスの購入はスマートフォンで完結してしまうから。アリババが提供する「アリペイ」やウィーチャットが提供する「ウィーチャットペイ」などが小規模の店舗にも普及しており、人々はQRコードを読み取ることで簡単に支払をすることができる。こと決済に関して、中国は日本を遥か後方に置き去りにしているのである。

急速に立ち上がる信用経済

 思えば筆者が最初に中国に触れたのは1994年。上海の街はまだ石炭で暖を取っており、街は白く煤けていた。人民元は人々から信用されておらず、日本円や米ドルを欲しがる者も多かった。賄賂や袖の下は当たり前、給料とは別の収入源があるのも当たり前の「二重経済」が一般的だった。あれから二十年以上の時が過ぎ、中国の消費経済は大きく変化した。合理性と生産性においていまや東京は上海よりも格下である。中国ではなぜこれほどまでの変革が可能になったのだろうか。
その秘密は一般消費者ひとりひとりの「信用」の見える化を図った点にある。前述のQRコード決済「アリペイ」を提供するアリババは、すべての決済履歴から個々人の格付けを行う企業「芝麻信用」も保有している。「芝麻信用」は個々人の信用情報(クレジットヒストリー)をスコア化し、そのスコアに応じて様々な差異(特典)を提供する仕組みである。高スコアの持ち主は住宅ローンの金利の優遇、ホテル予約の際にデポジットが不要などの恩恵を享受できる。この個々人の信用のスコア化とスマートペイメントの普及が同時にかつ急速に進んだのが中国なのである。すべてのクレジットヒストリーがデジタルデータとして記憶され、それが総合的なスコアとして可視化されることで、中国は一気に「信用経済」を創り上げた。もはや二十年前のような「二重経済」は存在し得ず、賄賂や袖の下もない。ホテルのボーイはチップの代わりに「芝麻信用」の星をください、と顧客に言うくらいなのである。

 他方、すべてのクレジットヒストリーが最終的に政府に握られている社会が素晴らしい社会なのか、という問いもまた成立するであろう。すべてがあからさまですべてが管理されている社会。SF小説では古くからそれを「ディストピア」として描いてきたのではなかったか。権力がすべてを掌握し、しかも倫理的でいられるのだろうか。しかし中国のスマートペイメントは圧倒的な利便性を提供することでそうした危惧を一時的に払拭することに成功している。利便性がすべてに優先する社会がすぐ隣にある。わが日本も次第にその波に飲み込まれていくだろう。利便性と引き換えに何を差し出すか、あるいは差し出さないか。その岐路はすぐ目前である。